寿司、保存食からファストフード、国民食へ

現在寿司と言えば、日本が誇る料理の一つであり海外でも人気が高いです。

お手軽なものから高級なものまで、多くの物が食べられています。しかし歴史を見ていくと、いきなり今のような酢飯を握った上にネタを乗せる形態で、誕生した訳ではありません。その原点となるのは今で言う、熟れ鮨(なれずし)であったと言われています。熟れ鮨とは米などの穀物を炊いて、それで魚などを包み発酵(乳酸菌発酵)をさせた保存食です。今でも作られており滋賀県の鮒鮨などが有名です。

現代の物のように酸味がありますが、それは酢を用いている訳ではなく、発酵によるものです。そんな熟れ鮨が室町時代の頃になると変化をしてきたと言われています。熟れ鮨は完全に発酵をすると、漬けておいた米がドロドロになりますが、まだ発酵途中の米が残っているものを食べるのが流行したのです。またその時足りない酸味を、人工的に造られるようになっていた酢で補うことも始まりました。

そんな中で関西で生まれたのが、木で作った押し枠の中に米を詰めてその上に具を乗せ、押してつくるタイプものです。これは押し鮨と呼ばれ、大阪のバッテラなどが有名です。そして江戸時代に江戸で生まれたのが、現在の形かなり近い握り寿司です。当時は屋台などで食べられることが多く、酢飯とネタを用意しておけばすぐ握ってすぐ食べることが出来るため、気の短い江戸っ子に合っていたようです。

今のファストフードとよく似ています。その後明治維新や冷凍技術の発展、すし職人の技術向上などもあり、寿司は全国へと広まり、戦後には安価な回転寿司屋の存在もあって、和食と言えば寿司と言える位置にまでその地位は高まりました。それは時代時代で形を変えつつ、多くの人々を楽しませてきたからこそで、今後もその発展は止まることはないでしょう。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *